「当たっている」のではない「当てている」のだ

「当たっている」のではない「当てている」のだ

いまさらですがあけましておめでとうございます。

どうやら新年1発目でした。

昨年は工藤移籍の衝撃で幕を閉じた当ブログですが、一発目は怒りの代弁者としてのポジションをとることになるようです。

スポンサーリンク

GKクラスタの激オコ事案

先般のオリンピック予選でタイ代表と対戦した日本代表。

結果的には4-0で勝利を収め、他会場の結果もあって予選は1位通過が決まったとのことでまずはよかった。

がしかし、そのタイ戦で事件は起こりました。

日本の攻撃で左サイドからのクロスに対して矢島選手(?)が合わせたシュートがGKに防がれました。

そのときに、実況を含めてほとんどの人が「当たっている」と表現したことに対し、現役選手を含むGKクラスタによる怒りのTLが溢れかえる事案が発生したのです。

以下、引用させていただきます。

検索するとわかりますが基本的には「相手GK当たってるな」みたいなことがなにげなーくツイートされているのものが多いです。

それに対して上記のようにGKクラスタが嘆息しているわけです。

しかし、これに対して「なんで?」と思っている人も多い様子。

まあ、ずっとそれで表現されてきているし、GK以外の人にはそれがある種「誉め言葉」として機能しているから無理もないのかもしれませんが、なぜGKクラスタがそういうのかをご説明してまいりましょう。

当たっているのではない当てているのだ

まず、GKというのはクイズではありません。

左かな?右かな?当たったあああああああああ!

とかではありません。

要するに、「当たっている」という表現には「まぐれ」というか、マリオでいうところのスター状態で特別なことなんだというニュアンスが感じられるのです。

ですがGKというのは1本のシュートを止めるために高速で緻密な計算と動きなおし、そして反応を行っているのです。

ひとつ一つの動きの精度を1mmでも高めるために日々トレーニングを行っています。

一連の流れの中ではとてもわかりにくいですが、一つのセービングがまぐれでなされることはほとんどなくて、すべてがトレーニングの成果によって生み出された「意図した結果」なのです。

GKは「当たっている」といういわば「まぐれ」かのように言われてしまうことに対して、言い知れぬ怒りを感じてしまうのです。

当たってるんじゃねーよ、強いていえば「当ててるんだよ」と。

TLの言葉を借りれば「実力だよ」と。

GKの誉め言葉を考える

とはいえ、「じゃあどんな誉め言葉があるんだよ。」と思うところですので、ちょっと考えてみようと。

・今の準備のところが秀逸っ!!
・セービングのときの伸びた身体が美しい!!

とか、こういう凝った表現でなくていいのですよ。

それはGKクラスタがやればいいから。

一般の人には

・すげええええええええええええ
・グッセーー
・止めたああああ
・止めやがった…

とか、すごくシンプルだけどGKが意図してすばらしいプレーをしているというニュアンスが表現されていればよいんですよね。

そのプレーを称えたり驚嘆してたりしてくれさえすれば。

実況とかだったら「すばらしいセービングですね」とかね。

まとめ

めんどくせーな…と思いましたか?

そうです。

面倒くさいです。

しかし、やはりGKでもしっかり評価はして欲しいものでして、厳しいトレーニングの成果をまぐれかのように扱われるのはやはり我慢ならないのです。

そんな心を少しでもよいので汲んでいただきたいなと。

そう思うのであります。

追記

ツイートって勝手に引用していいんだっけ?と散々引用してきていまさらちょっと心配になったのもあったので、高木選手に絡みにいきました。

そしたら、かなり優しい対応をしていただけまして、そのリプがこうでした。

器が違いました。。

現役の選手ですからね。

ほめられるためにやっているのではないよ、ということだと思います。

ただ、ぼくみたいな外野がGKのプレーを評価してもらうように一般に働きかけていくことは、微力ながら一定の意義はあるかなと思っているので、懲りずに続けていこうと思っている所存です。

今後とも、生暖かく見守っていただければこれ幸いです。

URL :
TRACKBACK URL :

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)